【第一章】黒江往人(くろえゆきと)の野望と憂鬱

第2話

「いやぁ、現実は甘くないもんだったな」


 黒江往人(くろえゆきと)は彼の勤める会社が入っている雑居ビルの屋上で嘆息した。


 三月半ば過ぎとは言え、夜はまだ肌寒く、こんな時間にビル風の吹きすさぶに屋上に来る物好きは他にいなかった。


「たとえ末端とは言え、憧れの業界に関わって飯が食えているんだから、オレはまだ幸せな部類なのかも知れないけどな」


 そこで何やら物思いにふけながら、指を折り何かを数え始めた。


「だが、それも今月までの事!」

「カスタマーサポートして入社して五年!三十歳目前で、ようやくっ!来月から自分の希望の部署への異動が叶った!」

「ふっふっふ、これでようやく、本当の意味でのスタートラインだな」

「やっと自分の作りたいゲームを作る仕事ができるんだ!」

 往人は寒風吹きすさぶ屋上で一人喜びを噛みしめていた。


 今はどうだか知らないが。


 一昔前は子供のころに「ゲームを作る人になりたい!」と、一度は憧れた人は多かったよう

に思う。

『思うがままに妄想した世界観を冒険させたり、好きなタイプのヒロインを出しまくって

キャッキャウフフしまくりで、声優さんともお知り合いになれるかも?!等々、大好きなゲーム

を作ってお給料までもらえる!ナニソレ、素敵やん!最高なんですけどぉぉぉ!』

…とか、そんな風に子供心に思うのも少しも不思議ではない話だ。


 往人もそんな夢を持った子供の一人だった。

 彼の好きなゲームジャンルはRPG。

 特にファンタジー系が大好きだ。

 それは、もはや好きと言うか、人生の一部と言って良いレベルでのめり込んでいる。

 オンライン、オフライン、テーブルトークと関係なく、『RPG』と名の付く物は手当たり次第に遊んできた。


 それほどのめり込んで来たRPGだが、どの作品にも何とも言えない“違和感”のような物をずっと往人は感じてきた。


(ファンタジーの世界って、本当にこんな物なのか?)

(根拠はないけど、どれも何か違う気がする。)


 その気持ちは年齢を経る毎に高まってゆき、いつしか彼の中には

(自分が違和感を感じないファンタジー世界観でRPGを作るんだ!)

 という野望…そしてそれを実現されるゲーム開発者への夢が膨らんでいくのであった。


『ラクサリア公国戦記(仮)』


 これが彼が長年、それこそ物心がついた時分から温めて来た、彼の企画であり野望。

(仮)と付いているのは、まだ若干の自信のなさと照れがあるのと、

(もしかしたら、もっとカッコいいタイトルが思いつくかもしれない)

 という、中途半端な諦めの悪さがあるからだ。

 これは今までずっとファンタジー世界に感じた違和感に対する往人なりの回答でもある。

 長年アイデアを温めに温め、リアリティと説得力を出すために、様々なジャンルの雑学の資料を膨大な量読み漁り、それを反映させた莫大な量の設定を作り、愛用のタブレットのSDカードは既にぎっちり。

 脳内には書ききれてない設定でやはりぎっちり。


 彼の中ではもはや、この企画の中の世界や街はリアリティのある風景に感じられる…どころか、もはや懐かしさを覚えるほどにまでなっているという、常人がドン引きするレベルでのめり込んでいる。


(ああ、あとは、これを自分の望む形でゲームとして実現できたら!)


 そう。そこまで思い入れがありながら、残念な事に彼にはそれを実現するプログラムも書けなければ、自分も観たい風景を他者に表現したくても絵心もなかった。


 一応は勉強はしてみた物の、さっぱり身に付かなかったのだ。


 行動力と前向きさだけは人並み以上にある物の、肝心のスキルが身に付いていないという、一言で言えば『ゲーム業界にあまり向いていない』男だった。


 往人は自分でも分かっていた。

 でも諦めたくなかった。そして彼は彼なりに考えた。


(制作のためのスキルはなくても、カスタマーサポートなら潜り込める隙はあるはずだ。)

(どんな形でもまずは入社して実績と信用勝ち得て、次のステップに進めば何とかなるはず。)


 持ち前の前向きさと行動力でカスタマーサポートの募集をしている会社を受けまくり、ついにネットゲームを運用する会社にアルバイトとして潜り込むのに成功していたのである。


 それから五年。

 

 カスタマーサポートのバイトに勤しむかたわらで、開発部署にサポート部署目線でいろいろ提言とアピールをし続け、その甲斐あってそれが認められ、晴れて開発部署に異動が決まったのが、つい先日の事だ。


「何せオレにはこの長年温めてきた企画があるから、すぐに仕事に掛かれますよ」

 周りにはこのように吹聴し、寝る間も惜しんで役員へのプレゼン資料に取り掛かった。

 異動先の開発部署の同僚も、往人がカスタマーサポートの頃から何度も仕様の確認をしに来ているので、既に知った顔でもあるし、往人の野望は入社直後から周囲にだだ漏れ(というか隠す気もなかった)なので、同僚一同は、


(ああ、本当に嬉しくてテンション上がりまくりなんだね)


 と生温かい目で見てくれているようだ。

 

「この資料が完成すれば、あとはプレゼンだけ。そしてこの企画内容なら何とかなるはず!」

 往人は企画の成功を確信し、自分の企画の前途の明るさに何の疑問も持っていなかった。


「――そんな風に思ってた時期がオレにもありました、ええ…はぁ」


 部署異動から1ヶ月後。

 往人は今日何度目かになるか分からない、深い深いため息をついた。

 思い出したくもないが、心血を注いで作り上げた『ラクサリア公国戦記(仮)』のプレゼンの結果は大失敗だった。

 企画の成功を信じて疑わない、期待に満ちていた彼に対し、役員はみな冷淡だった。


「黒江くんさ、それ、開発にいくらかかるの?」

 

 プレゼンの途中、説明を遮り開口一番、社長がそう言った。

 それを皮切りに役員たちが口ぐちに


「うちはさぁ、ネトゲの会社なんだよ?ソフト売ってそれで終了ってわけにはいかないのさ。

むしろリリースがスタートラインなんだけど、それから開発費の回収と儲けを出さきゃいけな

いのに、どうすれば採算が取れるのか、そこの考えが全然見えないんだよね」


「仮にだ、この企画通りの規模で制作してネットゲームでなく、家庭用で売ったとしよう。

一体何本売れば採算が取れる?今時完全新作には大した数字は期待できないよ?」


「この規模だと、この作品に関わる数十人のスタッフは下手すりゃ数年間、利益を生むどころ

か1円の儲けも出さずに人件費ばかりかかる状況になるんだぞ?うちの会社にそんな体力はな

いぞ?」


 などなど、往人の期待に反してボロカスだった。


 企画内容に対する質疑しか想定してなかったので、思いもしない切り口からの質問にうろ

たえてしまい質疑応答も

「あ、あの、製作費はまだ算出中ですが、たぶん5億円くらい?かかるかな、と。ハイ…」

「さ、採算ラインにつきましては、今回はまだ資料化できてなくて、あの、すいません」

と、引きつった笑顔でしどろもどろに答えるのが精一杯だった。


 他にも何か言われ続けてた気がしたが、往人の耳にはもう何も届いていなかった。

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