総角 その五十一

 そのうちようやくあたりが明けそめる気配がして例のように山寺の鐘の声などが響いてくる。


 匂宮はぐっすり眠り、起きて来ない様子だと薫の君は妬ましくてわざと咳払いをするのも本当に妙な成り行きだ。




 しるべせしわれやかへりてまどふべき

 心もゆかぬ明けぐれの道




「こんな愚か者の例がまたと世間にあったでしょうか」


 と言うと、大君は、




 かたがたにくらす心を思ひやれ

 人やりならぬ道にまどはば




 と小さな声でつぶやくのをやはりとてもあきらめきれない気持ちがするので、



「何というおっしゃりようでしょう。こうまで突き放してお隔てになるので、実に情けなくて」



 と何につけてもしきりに恨み言を言う。ほのぼのと夜が明けてゆく頃、匂宮も昨夜入った戸口から出ていく様子だった。


 とてもしなやかに振舞うにつれてあたりに漂う匂いの芳しさもこうしたなまめかしい逢瀬のための用意にと念入りに薫きしめているのだろう。


 年寄りの女房たちはどうもおかしな具合だと納得がいかず戸惑っているが、それにしても薫の君が悪いようにするはずがないと自分の心に言い聞かせているのだった。

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