総角 その十九

 大君はただもう呆れ果てて見苦しいと思い、



「これから後はそれなら仰せのとおりにいたしましょう。ただ今朝だけは私のお願いしているようにしてくださいませ」



 と言って、本当にもうどうしようもないと困り切っているので、薫の君は、



「ああ、何と辛いことか。暁の別れなどまだ経験もないのできっと路に迷ってしまうことでしょう」



 とつい嘆息がちになる。鶏もどこにいるのか、かすかに鳴き声が聞こえるので、京のことが思い出された。



 山里のあはれ知らるる声々に

 とりあつめたるあさぼらけかな



 と詠むと、大君は、



 鳥の音も聞こえぬ山と思ひしを

 世の憂きことはたづね来にけり



 と返す。奥の部屋の襖ぎわまで大君を送り、自分は昨夜入ってきた戸口から出て寝るが、まんじりともできない。大君に分かれた後の名残が恋しくてこれほどまで切なく思うなら、これまで長い年月のんびり構えていられるだろうか、などと考え、京に帰ることさえ億劫に感じるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る