椎本 その五十八

 またもう一人がにじり出てきて、



「あの襖は向こうから覗かれそうですよ」



 とこちらを見た用心深さはいかにも気を許していない態度でつつましく見え、心得のある人のようだ。頭の格好や髪のかかり具合はさきの人よりもう少し高貴で優美な感じがする。



「向こう側に屏風も立て添えておきました。まさか急いでそう覗いたりなさらないでしょう」



 と若い女房たちで何の疑いもなしに言うものがいる。



「そんなことにでもなったら大変なことですよ」



 とやはりこちらが気がかりらしく、向こうへにじり入っていく。その気品高く奥ゆかしい感じがいっそう魅力的だった。


 黒い袷の一襲を着て、二人とも同じような襲の色合いの着物を着ているが、こちらの人はやさしくしっとりと痛々しいい感じがして胸が切なくなるようだ。髪は心労で軽やかなほどに抜け落ちたのだろう。端のほうは少し細くなって濡れ羽色とでもいうのか翡翠の色のようにつやつやと美しく、より糸をかけたようだった。


 紫色の紙に書いたお経を片手にした手つきはもう人よりもはるかにほっそりとして華奢なようだ。


 先ほど立っていた人も襖の戸口に座って何がおかしいのか、こちらをむいて笑っているのが本当に愛嬌があふれていて何とも言えず可愛らしいのだった。

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