椎本 その四十八

 大君は、



「冗談にも私がお返事を書かなくてよかったこと。もし書いていたとしても別にどうということもないけれど、薫の君のこういうお尋ねに対してもどんなにか恥ずかしい胸のつぶれる思いをしたことだろう」



 と考えるととても返事もできない。




 雪ふかき山のかけ橋君ならで

 またふみ通う跡を見ぬかな




 と書いて御簾の外に出したので、薫の君はそれを見て、



「こんな言い訳をなさるところがかえって気にかかるというものでして」



 と言い、




 つららとぢ駒ふみしだく山川を

 しるべしがてらまづわたらむ




「そうなってこそ浅からぬ思いでこれまでお訪ねしている甲斐もあるというものです」



 と言うので、大君は思わぬ話の成り行きに気分を害してこれといって返事もしないのだった。

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