橋姫 その二十

 秋も終わりのころになった。八の宮は毎年四季毎に念仏の法会をするが、この季節は網代にかかる波の音が騒がしく響いて宇治川のほとりのこの邸は静かでないからとあの阿闍梨の住む寺に移って七日間の念仏の勤行をした。


 姫君たちはとても心細くて手持ち無沙汰の所在のなさもひとしおで、物思いがちに過ごしている。


 薫の君は随分長く御無沙汰してしまったと思い出すままに宇治へ訪ねた。有明の月がまだ夜も深い空にさし上る頃に京を出発してお忍びでお供も少なくして目立たないようにやつして行った。八の宮の邸は宇治川のこちら岸なので、船などの面倒もなくて馬で来た。山路にさしかかるにつれて霧が立ち込め、道も隠されてしまった草の茂みを分け入って行くと、ひどく荒々しい風が吹きつのってほろほろと乱れ落ちる木の葉の露が降りかかる。それがとても冷たく自分から求めてきた道中とはいえ、すっかり濡れてしまった。こうしたお忍びの外出なども日頃滅多にしないので、心細くも思い、また趣深くも感じた。




 山おろしに堪へぬ木の葉の露よりも

 あやなくもろきわが涙かな




 と口ずさむのだった。

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