紅梅 その十

 この寝殿の東の端に、軒近く紅梅がとても美しく匂い咲いているのを目に止めて、大納言は、



「庭先の紅梅がなかなか風情よく咲いている。今日は匂兵部卿の宮が宮中にいらっしゃるそうだ。一枝折って差し上げなさい。〈君ならで誰にか見せむ梅の花〉だ。〈色をも香をも知る人ぞ知る〉だろう」



 と言い、



「ああ、昔、光源氏と言われたあの方が若い盛りで、大将でいられたころ、私はまだ子供でちょうどこの子のように光の君にお仕えして可愛がっていただいたことが時とともに恋しく思い出されます。この匂宮たちを世間の人々も格別の人のように思い、確かにそう人に褒めそうやされるように生まれついていらっしゃる立派さだけれど、私の目には光源氏の足許にも及ばないように思われるのは、やはり光源氏をこの世でまたとはないお人だと思い込んで仰いでいた気持ちのせいなのだろうか。私のような通り一遍の間柄の者でさえ思い出すと胸が詰まり、たまらなく悲しいのですから、さぞかし近親の方々で光源氏に先立たれ、今も生き永らえていらっしゃるのはさぞかし自分の寿命の長さが恨めしく思っておられることだろうね」



 など話してしんみりとうなだれ、世の無常をつくづく考えて涙に掻き暮れているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る