幻 その三十

 側の女房たちもまともにひきひろげて見ることはしないものの、紫の上の筆跡らしいとうすうす推し量れるので、悲しみに心がかき乱されるのも一通りではない。


 この憂き世でのさほど遠くない須磨への別れのときのことをこの上なく悲しいと思った心をそのまま書いた手紙なのだった。その文面を見ると、本当にその当時にもましてこらえきれない深い悲しさを慰めるすべもない。


 限りなく辛く情けなく、これ以上取り乱しては女々しくてはた目にも見苦しくなりそうなので手紙をよくも見ないで、紫の上がこまごまと書いている横に、




 かきつめて見るもかひなし藻塩草

 おなじ雲居の煙とをなれ




 と書きつけ、すべて焼かせてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る