幻 その二十九
それも自分でしたことなのに、はるか遠い昔のことであったと思う。たった今書いたばかりのような墨の色などは、〈水茎の跡ぞ千年の形見ともなる〉という古歌のように本当に千年の形見にもできそうなものだった。それも出家してしまえば見ることもなくなるに違いないと思う。今更残しておく甲斐もないので、気心の知れた女房たち二、三人ほどに命じて前で破らせてしまった。
本当にそれほど深い仲でなくてさえ亡くなった人の筆跡だと思うと胸がうずくものなのに、まして紫の上の手紙にはいっそう目もくらみそうになり、それが紫の上の文字とも見分けられないくらい降り注ぐ涙が手紙の文字の上に流れる。
それを女房たちもあまりに意気地がないと見るだろうと察すると、気恥ずかしくみっともないので手紙を押しやって、
死出の山越えにし人を慕ふとて
跡を見つつもなほまどふかな
と詠むのだった。
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