幻 その二十

「こうした一人住まいは別に以前と何の変わったこともないのだが、妙に物寂しいものだね。出家して奥深い山寺に住むにしても、こうして今からこんな一人暮らしに自分を馴らしておくとこの上なく心が澄み切るような気がする」



 などと言い、



「女房は誰かいないか、こちらに果物など差し上げなさい。仰々しく男どもを呼びつける時刻でもないから」



 などと言う。


 心の内ではただもう空ばかり眺めて紫の上を偲んでいる光源氏の様子が、この上なくいたわしいので、こんなふうに亡き人のことばかり思っていつも悲しみのまぎれることがないのでは勤行にも心を澄ませて専心することは難しいのではないかと夕霧は思っている。



「昔、自分がほのかに覗き見した紫の上の面影さえ忘れられないのだもの。まして光源氏としては無理のないことだ」



 と思っているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る