幻 その四

 明け方早く自分の部屋に下がる女房なのだろうか、



「まあ、ひどく雪がつもったこと」



 と言うのを耳にすると、ただもうあの朝のような気がして、側に紫の上がいない寂しさを言いようもなく悲しく感じた。




 憂き世にはゆき消えなむと思ひつつ

 思ひのほかになほぞほどふる




 と詠む。


 いつものように悲しみを紛らわすために手洗いを清めて勤行をした。


 女房は埋火を掻き立てて火鉢を渡す。中納言の君や中将の君などは側近くで話し相手をする。



「崎谷は独り寝がいつもよりひとしお身に染みて寂しかったよ。こうして殊勝に勤行三昧に行いすますこともできた人生だったのに、今までつまらない俗世のことに気をとられてきたものだ」



 としんみり沈み込んでいる。紫の上が亡くなった上に自分までが出家してしまえばこの女房たちがますます嘆き悲しむだろう。それも不憫なことだと女房たちの顔を見渡すのだった。

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