幻 その一

 新春の光を見るにつけても、光源氏はいっそう紫の上を失った悲しみに暮れ惑うばかりで胸の内では一向に悲愁が消えない。それでも居間の外には例年のように人々が年賀に参上したりする。


 光源氏は気分のすぐれないふりを装って居間の御簾の中にばかり引きこもっている。


 蛍兵部卿の宮が来た時だけは気兼ねのいらないごく内々の部屋で会おうとして、挨拶の歌を詠みかけた。




 わが宿は花もてはやす人もなし

 何にか春のたずね来つらむ




 その歌を読んだ蛍兵部卿の宮は涙ぐみ、




 香をとめて来つるかひなくおほかたの

 花の頼りと言ひやなすべき




 と返歌した。


 紅梅の木の下に歩み寄っている蛍兵部卿の宮の姿がとても優美で慕わしいので、光源氏はこの人の他に花を賞美してともに楽しむことができる人はいないのではないかと思う。


 紅梅の花はほんのりと開き始めていて、いかにも風情がある美しさだ。新春だというのに音楽の遊びもなく、例年と変わったことが何かと多いのだった。

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