御法 その二十

「これまでの長い年月、紫の上に対してどうのこうのという大それた考えは抱かなかったけれど、いつの世にかあの一目垣間見た野分の日のお姿くらいはせめてもう一度拝したいものだ。ほのかなお声さえお聞きしたこともなかったではないか」



 など紫の上のことが心から離れることもなく、夕霧はいつも思い続けてきたのに、とうとう声を聞かせてもらえないようなことになってしまったが、せめてむなしい亡骸だけでも今一度お目にかかりたいという望みの叶えられる機会はこの今を外してはほかにはないと思うと、人前も憚らず隠しようもなく涙があふれてくる。女房たちが残らず取り乱して泣き騒いでいるのを、



「静かにしなさい。しばらく」



 と制するふりをして几帳の帷子を何か言うにかこつけて引き上げて内を見る。


 光源氏はほのぼのと明け染める夜明けの光がまだ薄いので灯火を亡骸の側に近々と掲げて紫の上の顔を見守っていた。死顔があまりにも可愛らしく、この上なく美しく見えるので、名残惜しさのあまりに夕霧がこんなふうに度々覗いているのを見ていながらも強いて紫の上の顔を隠そうという気持ちも起こらないようだった。

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