夕霧 その九十七

 夕霧はそんな雲居の雁をしみじみ愛しくは思うものの、心は上の空で、



「あの一条のお方も強硬にどうしてもご自分を主張なさるようなお人柄にはお見えにならないけれど、もしやはりどうしても自分と結婚する気持ちはなくて、尼になろうなどと我を張り通してご決心なさったら自分は実に馬鹿な目を見ることになるな」



 と思うので、ここ当分は途絶えないように通わなければとそわそわした気持ちでいる。その日も暮れてゆくにつれて今日も返事さえなかったではないかと思うと、それが気がかりになってひどく物思いに沈み込んでいる。


 雲居の雁は昨日今日少しも食べなかった食事を今ようやくほんの少し食べたりしている。夕霧は、



「昔から私はあなたには並々でない気持ちを寄せていて、舅の大臣がそのことで私に随分つらくあたられたので、世間から馬鹿なやつだと評判されたりしたけれど、そんな耐え難い侮辱にも耐えて方々から熱心に望んできたたくさんの縁談もみんな聞き流してきた。そんな私の態度を女だってあれほど辛抱はできないのに、まして男がと私はまた人から非難されたものです。


 今考えてみると、どうしてあんなことができたのかと自分のこととはいえ昔の若かったころでさえ、浮ついたところはなかったのだとよく我ながら感心させられるのです。今は子供たちが大勢家も狭いほどいることだし、あなたも自分勝手にここを出ていくわけにはいかないでしょう。まあ、見ていらっしゃい。人なんていつ死ぬかわからないものだけれど、私の心は変わりませんよ」



 と泣いたりもするのだった。

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