鈴虫 その十七

 秋好む中宮はいつものようにとても若くおっとりした様子だ。



「宮中で奥深く暮らしておりましたころよりもかえってお目にかかる機会が少なくなりましたようで、まったく心外に思われ心もふさいでおります。人がみな出家してゆくこの夜を私もすっかりいとわしくなり、出家したいと思うこともありますのに、まだその心をうちあけてご相談申し上げておりません。これまでどんなことでもまっさきにご相談してお考えを承る癖がついてしまって、ご相談申し上げないと不安でなりません」



 と言う。光源氏は、



「本当に宮中においでになりました頃は日限がありましても折々の里帰りも楽しみに待ちかねてお迎えしていましたが、上皇御所にお移りになってからはかえってこれという話がなくては自由にお里帰りもお出来にならないことでしょう。無常なこの世とはいいながら、これといってたいして嫌な事情もない人がきっぱりと世を捨て出離するのは難しいでしょうね。また人に気兼ねのいらない身分の者でさえ、出家するについてはいつのまにかそれぞれ振り捨て難い係累ばかりできてなかなか望みが果たせませんのに、どうしてそんな人まねをなさって負けまいと競争なさるのでしょうか。そのような道心はかえってその本意をひねくれていると妙にご推察する人もありはしないでしょうか。出家など夢にもお考えなさらぬことです」



 と言うのを聞き、秋好む中宮は自分の気持ちを深くくみ取ってはくれないようだと切なく思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る