柏木 その二十九

 柏木は、



「自分でもどうしてこんなに重くなったのかさっぱりわからないのです。どこといって苦しいこともなかったので、まさか急にこんなふうに悪くなろうとは思ってもいないうちにあまり日数も経たず、こんなに衰弱してしまって今ではもう生きている心地もないようになりました。惜しくもない身を何とかして引きとめようとする願だの祈祷だのといった験力のおかげでまだこの世に引き留められているのも、今となってはかえって苦痛なものですから、自分からいっそ早く死んでゆきたい気がしますそうはいってもこの世にいざ別れるとなると、心にかかることもずいぶん多いものです。親への孝養もろくにしないうちに先立つ不孝で、今更に両親を悲しませ、帝への忠勤も全うできていない有り様です。まして自分の生涯を振り返ってみてもそれはまた思うようにはならず、たいした出世もできずに終わる恨みを残してしまいました。しかしそんな通り一遍の嘆きは措くとして、まだ他に人に言えない深い煩悶を心に抱えているのです」

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