若菜 その二九八

「そのほかの人々は誰もみんなそれぞれの事情に従って私と一緒に出家しても悔いのなさそうな年齢になりましたので、ようやく身が軽くさっぱりした気持ちになってきました。朱雀院の寿命もこの先そう長くないことでしょう。近頃はますますご病気が重くおなりのようで何となく心細そうにばかりしていらっしゃいますのに、今更心外なあなたの妙な噂をお耳に入れて心配をおかけなさらないように。この現世のことはたいしてどうということもないのです。何の気がかりもありません。来世の成仏の妨げをなさいましたらその罪こそとても恐ろしいでしょう」



 などと例の一件とははっきり言わないが、しみじみと話す。女三の宮は涙ばかりこぼしながら正体もない様子で悲しみにうちひしがれている。光源氏も泣きながら、



「年寄りのお節介というものは若い時は他人事に聞いてもじれったく感じたのに今は私がそれを言うようになってしまって。何といやなじじいかとさぞ鬱陶しく煩わしい奴めとますますお嫌いのことでしょう」



 と引け目を感じて自嘲しながら硯を引き寄せて自分で墨を磨り、紙を用意して返事を書かせるのだった。

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