若菜 その二四一

 小侍従は、



「他の女君にひけをとっていらっしゃるからと言って今更他の結構な殿方へ改めてお輿入れというわけにはいかないでしょう。光源氏様とのご結婚は世間普通の夫婦仲というものでもないでしょう。ただ後見役もなくて頼りなくお一人でいらっしゃるよりは親代わりになっていただこうと朱雀院が光源氏様にお譲りあそばしたご結婚なので、二人ともお互いにそんなふうに思いあっていらっしゃるのでしょう。本当につまらない見当はずれな悪口をおっしゃるものですわ」



 としまいには腹を立ててしまう。柏木はあれこれと言いなだめて、



「本当のことを言えば光源氏様のあれほど世にまたとない立派なお姿を日頃見馴れていらっしゃる女三の宮のお心に物の数でもない自分のみすぼらしい姿を打ち解けてお目にかけようなどとはまったく考えてもいないのです。ただ、一言物を隔てて私の気持ちを申し上げるくらいならお許しくださってもそれがどれほど女三の宮の御身分の疵になるというのだろう。神仏にも自分の思う願いを申し上げるのは罪になることがあるだろうか」



 と決して間違いは起こさないと大仰な制約を立てて言うので、小侍従は初めのうちこそまったくとんでもない無理なことをと断っていたが、まだ分別の足りない若女房のことなので柏木が命に代えてもひどく思いつめて熱心に頼むのをとうとう断り切れず、



「もしちょうど都合のいい時が見つかったら取り計らってみましょう。光源氏様の留守の夜は帳台のまわりに女房たちがおおぜい集まっていて御座所の近くにも必ずこれといったどなたかが付き添っておられますから、どういう折に隙を見つけたらいいのかしら」



 と困りながら帰っていくのだった。

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