若菜 その二一六

「何もそれほどにはしないでも、やはり琴の奏法がどんなものかと、その一端だけでも心得ておきたいものだ。一つの調べを完全に弾きこなすだけでも計りしれないほど難しいようだ。まして無数の調べや難曲が多いから私が熱中して稽古していた若いころにはおよそ世の中にある限りの我が国に伝わっている譜という譜のすべてをことごとく参考にして研究したものだ。しまいには師匠とする人もなくなるまで好きで習ったものだけれど、やはり昔の名人の芸にはとても及びそうもなかった。まして私の後となっては、この技を伝授できそうな子孫もないのが何とも寂しい気がする」



 などと言うので、夕霧は自分を本当に不甲斐なく残念なものに思う。



「この明石の女御の皇子たちの中に私の望んでいるように成人なさる方がいらっしゃったら、もしそれまで長生きすることができればその時こそたいしたこともない私の技でもそのすべてを伝授申し上げよう。二の宮は今から音楽の才能がありそうにお見えになるが」



 などと言うので、明石の君はとても名誉なことに思い、涙ぐんで聞くのだった。

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