若菜 その二一四

「どういう芸道でもその道々について稽古しようとすればどれも才芸には際限のない深さがあることがわかって、自分で満足できるまで習得しようとするのはとても難しいものだ。いやしかし、今の世にそんな深い奥義を極めている人は滅多にいないのだから、ほんの片端でも一通り稽古を積めばそれで満足して、まあこんなものかとすませてしまってもいいのだけれど、琴だけはやはりちょっと面倒で、うかつに手が付けられないものなのだ。この琴については本式に古い奏法通りに極意を習得した昔の人はその音色で天地を思いのままに動かし、鬼神の心も和らげ、他のすべての楽器が琴の音に従って深い悲しみを抱いた人もたちまち幸せになり、賤しく貧しいものも高貴な身分に変わり、財宝に恵まれ、世に認められるといった例も多かった。我が国に琴の奏法が伝えられはじめの頃まではこれを深く会得した人は長い年月を見知らぬ外国へ行って暮らし、身命をなげうってこの琴の弾き方を習得しようとひどく苦労をしたようだ」

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