若菜 その一八二

 十月二十日、神社の玉垣に這う葛の葉も色が変わり、松の下葉も紅葉していて、風の音だけに秋を感じたという古歌とは違って、紅葉の色にも秋の気配を知るのだった。


 大仰な高麗や唐土の雅楽よりも東遊の耳馴れた音楽は懐かしく面白く、波風の声に響きあってあの木高い松を吹き鳴らす風の音に合わせて吹き立てている笛の音も、よそで聞く調べとは違って身にしみる。中でも和琴に合わせる拍子も太鼓を使わずに調子を整えているのが大げさでないのも、優艶でぞっとするほどすばらしく興趣深く感じられ、場所が場所だけにいつもよりは一段と優れて聞こえるのだった。


 舞人たちの着ている袍は、山藍で竹の模様を摺ってあるので、松の緑に見間違う。挿頭の花の様々な色目は秋の草花とどこが変わっているのかけじめがつかないで、眼に映るすべてが紛らわしく目先がちらつくようだ。「求子」の曲の終わる頃に、若い上達部が袍の肩を脱いで庭に降りて舞う。今まで何の艶もない黒い袍だったのに、蘇芳襲や葡萄染の袖が、急に袍の肩を脱いだものだから、ほころばしたように上半身からあらわれて、真紅の下着の袂にさっと時雨が降りかかり、ほのかに濡れた気配はここが松原であることも忘れて紅葉が散るのを見るような思いがする。その人々は皆見栄えのする容姿で、真っ白に枯れた荻を高々と挿頭にして、ただ一さしだけ舞って戻っていくのはとても面白く、飽きずに見とれているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る