若菜 その一四〇

 光源氏は東の対に帰った。



「ああして紫の上への寵愛はますます深まるばかりのようだこと。本当に人並みより一段と勝れて、あれほど何もかも理想的に具わっていらっしゃるのだから、それもまた当然と思われるのもけっこうなことだ。それにひきかえ、女三の宮はうわべだけは大切にされていらっしゃって、それだけは立派でもあまりお逢いになることはなさそうなのは畏れ多いことに思われる。同じ血筋ではいらっしゃるけれど、女三の宮のほうがもう一段身分が高いだけにおいたわしくて」



 と明石の君はそんなひとりごとをつぶやくにつけても、自分の運勢はとても強運なのだと考える。身分の高貴な人でも思い通りにはならない夫婦だというのに、まして自分などはその人々と肩を並べられるような立場ではないのだからと今ではすべてあきらめていて、恨みがましい気持ちもない。ただあの俗世を捨てて山奥に籠り住んでいる父入道を思いやる時だけは悲しく心もとなくてならない。


 尼君もただ、「極楽で必ず再会しよう」という明石の入道の一言を頼みにして、来世のことに思いをはせながら物思いに沈んでいるのだった。

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