若菜 その七十五

 いよいよその日は女三の宮の寝殿にもいかないで、手紙だけのやり取りをする。


 衣装に薫物を念入りに薫きしめたりして一日を過ごし、夜の更けるのを待って、気心の知れた供人四、五人ばかり連れて昔の忍び歩きを偲ぶような、目立たない網代車で出かける。和泉の守をやって挨拶をさせた。


 こうして光源氏が忍びで来たことを取次の女房がそっと伝えると、朧月夜は驚いて、



「変だこと、いったい何とお返事申し上げたの」



 と機嫌を損ねた。中納言の君が、



「もったいぶってお目にもかからずお返しするのは失礼に当たりましょう」



 と言って、無理な工夫をめぐらして、光源氏を朧月夜がいた東の対に入れる。


 光源氏がお見舞いの挨拶などしてから、



「ほんの少し、ここまでお出ましください。せめて物越しにでも。もう決して昔のような怪しからぬ心など微塵も残っていませんから」



 と、切々と訴えると、朧月夜はため息を洩らしながらにじり出てきたのだった。

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