若菜 その六十二

 東の対では雪は所々消え残っているが、薄暗いので庭の白砂とけじめもつきにくいほどなのを、光源氏は眺めて、



<子城の陰なる処には猶残れる雪あり>



 と、漢詩を小声で口ずさみ、格子を叩いたが、こうした朝帰りなどは久しい間亡くなっていたので、女房たちは意地悪をして、空寝をして、わざとしばらく待たせてから格子を引き上げた。



「ずいぶん長く待たされて、体もすっかり冷えてしまった。こんなに早く帰ってきたのも、あなたを怖がっている気持ちが徒やおろそかではない証拠ですよ。でも別に私に罪があるというわけでもないけれど」



 と言い、紫の上の夜着を引きのけると、紫の上は少し涙に濡れた下着の単衣の袖をそっと隠して、恨みがましくもせず、態度はやさしいけれど、それほど心から打ち解けた風にはしない心遣いなど、本当にこちらが気恥ずかしくなるほど魅力がある。この上もない高貴な身分の方といっても、これほどの人はいないだろうと、光源氏はつい女三の宮と比較するのだった。

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