真木柱 その五十八

 あの朧月夜の尚侍を朱雀院の母后が無理に逢わせないように、強いて隠して二人を引き裂いたときのことなどを思い出すが、今は差し当たって目の前のことだから、玉鬘のことは世にたとえようもなく悲しく心が惹かれてやまないのだった。



「色好みな人は、自分から恋の苦労を求めてやまないものだ。髭黒の大将の妻になっているのに、今更何のために気苦労を抱え込むことがあるものか。あの人はもう自分にはふさわしくない恋の相手ではないか」



 とあきらめようとしても、やはりあきらめきれないので、琴をかき鳴らすと、あの玉鬘がやさしく弾いた爪音が自然に思い出された。


 和琴をすが掻きに軽く弾いて、玉鬘のことを切なく思い、「玉藻はな刈りそ」と興に任せて歌っている。その様子も恋しいあの人に見せたら、きっとなつかしさに心動かされるに違いないと思うのだった。

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