真木柱 その九

 光源氏は、



「涙の川で泡になって消えるなどとは幼いお考えですね。それにしても三途の川は、あの世へ行くにどうしても通らなくてはならない道ですから、せめてあなたのお手の先だけでも引いて、お助けしたいものです」



 と微笑み、



「ほんとうのところ、あなたにも思い当っていらっしゃることもおありでしょう。お世話にならない私の間抜けさ加減も、また安心な点も、この世にまたとないほど珍しいということを、いくら何でもお分かりになっただろうと、頼もしく思っているのですよ」



 と言う。玉鬘は、いかにも切なそうに、とても聞き辛がっているので、光源氏は可哀そうになり、他の話に言いまぎらわして、



「帝がやはり出仕するように仰せになるのも、このままでは畏れ多いことですから、やはり、ほんの少しでも参内なさるようにしましょう。髭黒の大将が自分のものとして、あなたをお邸に取り込んでしまってからでは、尚侍として宮中に出仕なさることも難しくなるのが、夫婦仲というものでしょう。私が最初、あなたについて考えていた目論見は、すっかり手違ってしまったけれど、二条の内大臣は、この結婚に満足のようですから、私も安心なのです」



 などと、こまごまと話をするのだった。

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