常夏 その三十四
紙の裏には、
「そうそう、実は今宵にでも参上しようと思い立ちましたのは、<あやしくも厭ふに映ゆる>の歌のような心でしょうか。いえ、どうも、どうも、見苦しい字は<あしき手をなほよきさまに水無瀬川>の歌に免じまして」
と書いて、また端のほうにこう書いてあった。
草若み常陸の浦のいかが崎
いかであひ見む田子の浦波
地名ばかりを並べた支離滅裂な歌のあとに、
「<大川水の藤波の>波一通りの思いでなくお慕い申し上げております」
と、青い色紙を二つ重ねたのにむやみに草体の仮名を使って、ごつごつした筆跡で、誰の書風ともわからないくねくねした書体で書いてあった。書き方も文字の下半分を長くのばして、妙に気取っている。行なども端のほうへ斜めになって歪んで倒れそうに見えるのを、本人は満足そうににんまり眺めている。それでもさすがに女らしくとても細く小さく巻き結んで、撫子の花につけてあるのだった。
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