常夏 その三十三
この近江の君は、
「父上が弘徽殿の女御さまのところに参上しなさいとおっしゃったのに、私の気が進まないふうに見えたら、弘徽殿の女御さまがお気を悪くするだろう。今夜にも参上しましょう。父大臣が、天下にただ一人のものと思って私を可愛がってくださっても、この姉妹が冷たくなさったら、このお邸には身の置き所もなくなってしまうから」
と言う。邸内でのこの近江の君の評判はまったく心細い模様だった。
そこでまず、弘徽殿の女御に手紙を出した。
「<葦垣のま近けれども逢うよしのなき>の歌のように、すぐ近くにおりますのに、これまで甲斐もなくてお姿の影を踏むこともできませんでしたのは、そちらで来るなと関所をお据えあそばしたのかと存じます。
<知らねども武蔵野>の古歌の<紫のゆゑ>のように、お目にかかってもおりませんのに、血縁と申し上げるのは畏れ多いのでございますが、あなかしこ、あなかしこ」
と、繰り返しの点が多い目立ついかつい字で書かれているのだった。
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