蛍 その二十

 光源氏も、どこに行っても、こうした物語が取り散らかしてあるのが、目につくので、



「ああ、厄介だね。女というものは、すすんでわざわざ人に騙されるように、この世に生まれついているものと見えるね。たくさんのこうした物語の中には、本当の話など、いたって少ないだろうに、いっぽうではそれをわかっていながら、こんなたわいもない話に心を奪われ、体よく騙されて、暑苦しい五月雨時に、髪の乱れるのも構わず、書き写しているとは」



 と笑うものの、また、



「もっともこうした昔の物語でも見なければ、実際、どうにも他に気の紛らわしようもないこの所在なさは、慰めるすべもないですね。それにしてもこの数々の噓八百の作り話の中にも、なるほど、そんなこともあろうかと読者を感動させ、いかにも真実らしく書き続けているところには、一方ではどうせたわいもない作り話とはわかっていながら、暇に任せて興味をそそられ、物語の中の痛々しい姫君が、悲しみに沈んでいるのを見れば、やはり少しは心が惹かれるものですよ。また、とてもそんな話はありえないことだと思いながらも、読んでいるうちに、仰々しく誇張した書きぶりに目がくらまされたりして、改めて落ち着いて聞いてみる時は、なんだつまらないと癪に障るけれど、そんな中にも、ふっと感心させられるようなところが、ありあり描かれていることもあるでしょう。この頃、明石の姫君が、女房などに時々物語を読ませているのを立ち聞きしますと、何と話のうまい者が世間にはいるものだとつくづく感心します。こんな話は嘘を言いなれた人の口から出るのだろうと思うけれど、そうばかりとも限らないのかな」



 と言うのだった。

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