玉鬘 その四十

 乳母は、



「光源氏様は、いくら立派な方でも、そういうれっきとした女君たちもおいでになります。まずは何よりも、実の父君である内大臣にぜひお知らせしてくださいな」



 などと言う。右近は昔のいきさつなどを話し出して、



「光源氏様は、お方様のことを、本当に忘れられない悲しい思い出となさり、『あの人の代わりに、忘れ形見の姫君のお世話をしたい。私は子供が少なくて淋しいから、もしその姫君が見つかれば、自分の実の子を探し出したと、人には話しておくことにして』など、前々からおっしゃっておいでなのです。あの頃は、まだ私も一向に分別がなくて、何かにつけて気後ればかりする年ごろでしたので、よくお探しもしないでいるうちに、あなたのご主人が太宰の少弐になられたことは、人々がそうお呼びしているので知りました。ご赴任のとき、暇乞いに二条の院へおいでになった日に、ちらとお姿をお見かけしましたが、お声もかけずじまいになってしまいました。それにしても、玉鬘様は、あの頃の五条の夕顔の咲く宿にお残しになって行かれたものとばかり思っていました。それがまあ、大変な。すっかり田舎人になっておしまいになるところだったとは」



 などと、話し合いながら、その日は終日、昔話をしたり、念仏を唱えたり、読経をしたりして暮らした。そこは参詣に集まる人々の姿を眼下に見下ろせる場所で、宿坊の前を流れる川を初瀬川というのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る