乙女 その七十

 光源氏も適当な挨拶をして、



「改めてまたお伺いしましょう」



 と言った。ゆっくりせずに帰る威勢を見るにつけても、弘徽殿の女御の心中は、やはりまだ穏やかではなく、光源氏を恨んだ昔のことを、どのように思い出しただろうか。所詮光源氏が天下を治めるという運は、どうしても消すことができなかったのだと、昔のことを後悔するのだった。


 朧月夜も、静かに昔のことを思い出すと、しみじみと感慨無量のことが多かった。今もまだ何かの折々には光源氏から、ひそかに便りが届けられていることは続いているようだった。また、弘徽殿の女御は帝に奏上することがある度毎に、朝廷から下賜の年官年爵や、その他のあれこれにつけても、気に入らないときには、長生きしたばかりに、こんな情けない目にあうことより口惜しがり、自分の全盛だった昔を取り返したくて、何につけても気難しくむずがった。年をとるにつれて、口やかましさもますますひどくなって、朱雀院の機嫌をとりかねて、もてあましているのだった。


 さて大学で学んでいる夕霧は、その行幸の日の勅題の詩文を、見事に作り、文章の生になった。その日は、長年大学で学んだ学才のあるものたちを選抜したが、及第した人はわずかに三人だけだった。


 秋の司召しには、従五位に昇進し、侍従になった。雲居の雁のことは、忘れるときもないが、頭の中将が必死に監視するのも恨めしいので、無理な都合をつけてまで逢おうとはしない。手紙ばかりを、適当な折々に渡し、どちらも気の毒な二人の間柄なのだった。

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