薄雲 その九

 姫君は何もわからず、無邪気に早く車に乗ろうとしている。車を寄せてあるところに、明石の君が自身で姫君を抱いて出てきた。姫君は片言でとても可愛らしい声で、



「お母さまも乗って」



 と、明石の君の袖をつかまえて引っ張るのも、たまらなく悲しく思われて、




 末遠き二葉の松に引き別れ

 いつか木高きかげを見るべき




 終わりまではとても言い切れないで、はげしく泣くのだった。



「そうだろうとも、何と可哀そうに」



 と光源氏は思い、




 生ひそめし根も深ければ武隈の

 松に小松の千代をならべむ




「気長くお待ちなさい」



 と、慰めた。


 明石の君はそうかもしれないと心を鎮めてみるが、やはりとても別れの悲しさには耐え切れなさそうだった。


 乳母と、少将という品のいい女房だけが、お守りや厄除けの天児という人形などを持って車に一緒に乗った。お供の車には見苦しくない若い女房や女童などを乗せて、二条の院まで見送りにお供させた。


 その道すがらも光源氏は、後に残った明石の君の心の辛さを察して気の毒でならず、



「何という罪作りなことをしたものか」



 と思うのだった。

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