松風 その十四
光源氏は、仏前に供えた閼伽の道具などがあるのに目をとめ、尼君のことを思い出し、
「尼君はこちらにいらっしゃるのですか。それと知らずこんなだらしないなりをしていて」
と、直衣を取り寄せて着る。尼君のいる几帳の側に近づき、
「姫君をこんなに美しく育ててくださいましたのは、尼君の日頃の勤行の功徳のおかげと、身にしみてありがたく存じ上げます。あのようにたいそう浮き世場慣れのした清らかな住まいを捨て、つらい俗世にお帰りになった深い志のほどを感謝申し上げます。また、明石には、入道一人残られて、どんなにかこちらを案じておられることかと、何かと察せられて心が痛みます」
としみじみなつかしそうに言う。尼君は、
「一度は捨ててしまいました俗世に、今更帰ってきて思い悩んでおります気持ちを、そのように察していただきましたので、長生きの甲斐もあったと嬉しく思います」
と言って泣きながら、
「あのような荒磯のほとりにお育ちになられて、おいたわしく存じておりました二葉の松のような姫君も、今はもう行く末頼もしい将来とお祝い申し上げております。けれどもまた、母の素性の卑しさのため、将来はどうなることかと、あれこれ心をすり減らしております」
などと言う様子など、風情がなくはないので、昔の思い出話として中務の宮がここに住んでいた様子などを話していると、手入れの終った遣水の水音が、昔のことを訴えるように聞こえた。
住み馴れし人はかへりてたどれども
清水ぞ宿のあるじ顔なる
とさりげなく控えめな詠みぶりに、光源氏は優雅なたしなみを感じる。
いさらゐははやくのことも忘れじを
もとのあるじや面がはりせる
「ああ、昔のなつかしいことよ」
と感慨深く立った姿の、匂うような気品を、尼君はこの世にまたとないものと拝するのだった。
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