松風 その五

 光源氏が造営した御堂は、大覚寺の南方に当たっていて、滝を見物する滝殿などは、大覚寺のに劣らない趣向のある、気持ちのいい明るい寺だった。


 大堰の邸のほうは川に面した、言いようもないほど趣のある松陰に、取り立てて数寄も凝らさず建ててあった。その寝殿の簡素な作りも、いかにも山里らしいしっとりとした味わいを見せている。寝室の飾りつけなどまで、光源氏は自分のほうで配慮するのだった。


 一方、腹心の家来たちを、ごく内密に明石まで迎えに派遣した。


 もうどう逃れようもなくて、いよいよ上京かと思うと、明石の君は長年住みなれたこの浜辺を離れていくのが名残惜しくなり、父入道を心細くここに一人残すことが、心配で思い乱れ、何かにつけ悲しくてならない。どうしてこうも悩みの尽きない身の上になってしまったのかと、光源氏の愛情を少しも受けない人をいっそう羨ましく思うのだった。


 親たちも、こうした光源氏からの迎えをもらって京に上る幸運は、何年も前から寝ても覚めても願い続けてきた希望が、ついに叶えられたのだと、心から喜んではいるものの、これからお互い別れて暮らす辛さがたまらなく悲しくて、夜も昼も心もうつろにぼんやりして、



「それではいよいよこれでもう、姫君とはお会いできなくなってしまうのか」



 と、同じことばかり繰り返し言うよりほかないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る