絵合 その十八

 その当座は、人々はこの絵合の評定で持ちきりだった。光源氏は、



「あの海辺を描いた巻は、藤壺の宮にお納めくださいますように」



 と言ったので、藤壺の宮は、この絵のはじめのほうや、残りの巻々も見たくなったが、光源氏は、



「いずれそのうち、おいおいお目にかけましょう」



 と言った。帝もことのほかに満足したようで、光源氏は嬉しく思うのだった。


 こういうちょっとした催し事につけても、光源氏が前斎宮に、こんなふうに肩入れするので、頭の中将はやはり、帝の寵愛がそちらに傾き、娘の弘徽殿の女御が圧されるのではないかと、案じているようだった。


 帝の愛情は、もともと弘徽殿の女御に深くあったし、今もなお情こまやかに寵愛するのを、頭の中将は、人知れず知っていたので、まさか帝の寵愛が他に移るようなことはあるまい、と頼もしく思い直しているのだった。


 光源氏は、しかるべき節会の折々にも、この帝の御代からはじまったと、後世に語り継がれるような新しい例を加えたくて、ほんの内輪のちょっとした遊び事にも、目新しい趣向を凝らして、本当に盛んな繁栄の御代なのだった。


 しかし光源氏自身は、なおこの世は無常なものと考え、帝が今少し成人するのを見届けてから、やはり出家しようと心中深く思い込んでいるようだった。



「昔の例を見聞きしても、若くして高位高官にのぼり、世間に抜きん出た人は、長生きはできなかったものだ。自分はこの御代に、地位も声望も、分に過ぎるくらい高くなってしまった。途中で一度零落して苦境に沈んだ苦労の代わりに、今まで生きながらえていられるのだ。これから後の栄華をむさぼっては、寿命も危ぶまれる。出家して静かに引きこもって、、後世のための勤行に励み、かつは寿命ものばしたい」



 と考え、山里の閑静な土地を手に入れ、御堂を造営して、仏像や経巻の準備もあわせてさせたようだが、まだ幼い子供たちを思うように育て上げたいと思っているので、早く出家することは難しそうだった。一体、どういうつもりなのか、本当の心の内はわからなかった。

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