蓬生 その五

 八月の野分が吹き荒れた年には、渡り廊下なども倒れてしまい、召使用の粗末な板葺きだった建物などは、骨組みだけがわずかに残っただけとなった。こうなってはもう、邸に残る下仕えさえ住めず、いなくなるしかなかった。朝夕の炊事の煙もて絶え、悲しく惨めなことが多いのだった。


 盗賊などという向こう見ずな乱暴者も、見るからに貧しげなせいか、押し入っても無駄とばかりに、この邸を素通りして寄り付かない。


 そのおかげでこんなひどい藪原だが、それでもやはり末摘花の住む寝殿の内だけは、昔の飾りつけがそのまま残されていた。綺麗に拭き掃除する人もいないので、塵は積もっているけれども、塵に紛れることもなく、乱れもない品格のある住まいで、末摘花は明かし暮らしていた。


 たわいもない昔の歌や物語などでも慰みになれば、所在無さも紛れ、こんな侘しい暮らしでも何とか心がなごめられるだろうが、末摘花はそうした方面にも無関心で、趣味がなかった。


 また殊更風流ぶるわけでもなく、これという急ぐ用事もない暇な折々に、気心の分かり合った人と手紙のやり取りなど気軽にすれば、若い人は四季折々の草木の風情につけても、心の紛れるものだが、末摘花は、父宮が大切に育てたしつけのままに、世間は用心するものと考え、たまには便りをしなければならない人々へも、一向に親しくしなかった。


 古びた厨子をあけて、「唐守」「藐姑射の刀自」「かぐや姫の物語」などの絵に描いてあるのを、時折の暇つぶしに見ていた。古い歌でも、面白い趣向で選び編集してあって、題詞や作者をはっきりさせて、意味のよくわかるものは見所がある。


 堅苦しい紙屋紙や陸奥紙などの古くなってけばだっているのに、ありふれた古歌が書いてあるのなどは、興ざめも甚だしいのに、末摘花はあまりに淋しくてどうしようもない折々には、それを広げていた。


 今の時代の人たちには、流行らしい読経や勤行などということは、ただただ気恥ずかしいことと思い、別に末摘花のすることを見咎める人もいないのに、数珠などは手にもしなかった。このように、万事が几帳面に折り目正しく暮らしているのだった。

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