澪標 その十一
この幾年もの間、飽かず恋しく思い思ったお互いの胸のうちや、折々に交し合った手紙のことなどを思い出すと、紫の上は、自分以外の女のいきさつのすべては、光源氏のその時々の慰みごとに過ぎなかったのだと、恨みも打ち消す気持ちになるのだった。
「この明石の人を、こうまで心にかけて見舞っているのは、やはり考えがあってのことなのです。でも、今からそれを話せば、またあなたが妙なふうに誤解するかもしれないので口にできないけれど」
と、途中で話をやめて、
「人柄が優れているように感じられたのも、あんな田舎のせいか、珍しく思ったのでしょうね」
などと話した。
しみじみと胸に迫った夕暮れの塩焼く煙や、その折の明石の君の詠んだ歌など、またはっきりとではないが、その夜ほのかに見た明石の君の容姿や、明石の君の弾いた琴の音のしみじみと優美であったことなども、何くれとなくすべて心を惹かれたように話す。
紫の上はそれを聞くにつけても、
「お別れしていた間、私はこれ以上の悲しさはないと嘆いていたのに、戯れにしろ、他の女に心を分けていたのか」
とたまらなく恨めしく思って、
「あなたはあなた、私は私、別々の心なのですね」
と背を向けてしまって、物思いに沈んだ様子で、
「しみじみと心の通い合った昔のふたりだったのに、儚い今の仲だこと」
とひとりごとのように嘆き、
思ふどちなびくかたにはあらずとも
われぞ煙にさきだちなまし
と言う。光源氏は聞き、
「何ということをおっしゃる。情けない。
誰により世をうみやまに行きめぐり
絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
いやもう、なんとしてでも私の本心を見届けてほしいものです。ただ寿命だけは思うにまかせないもののようで、私の本心を見せないうちに死ぬのだろうか。つまらないことで、他の女の恨みを受けぬようにと思うのも、ただあなたひとりのためなのに」
と言って、筝の琴を引き寄せ、軽く調子合わせに弾き、紫の上にも弾くように勧めるのだが、明石の君が琴が上手だったというのも、妬ましいからなのだろうか、手も触れない。とてもおっとりして可愛らしく、もの柔らかでいるものの、さすがにしつこいところがあって、嫉妬するのがかえって愛嬌があって、怒っているのを、光源氏はそれも風情があって魅力的だと見ているのだった。
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