澪標 その五
二条の院でも、同じように光源氏の帰京を待っていた女房を、いじらしく思い、年来の辛い物思いが晴れるようにしてやりたいと考え、中将や中務のような前から情を交わしていた女房には、その身分相応にまた情けをかけてやるので、忙しくて外の女房に通うこともなかった。
二条の院の東隣にある御殿は、亡き桐壺院の遺産だったが、それをまたとなく結構に改築する。花散里などのように気の毒な方々を住まわせようとして、修理させた。
そういえば、あの明石で悪阻に悩まされ、苦しそうにしていた明石の君は、その後どうなっているだろうか、と忘れるときもないままに、公私ともに忙しいのにまぎれて、思うように様子を尋ねることもできなかった。
三月の初めごろ、お産はこの頃ではないかと思い巡らせて、人知れず不憫になり、明石に使いを出した。使者はすぐに帰ってきて、
「十六日に、女の子を無事出産しました」
と報告する。安産の上に、珍しくも女の子だと聞くと、喜びは一通りではなかった。どうして京へ迎えてお産もさせなかったのかと、残念に思った。いつか占い師が、
「子は三人で、帝、后かならず揃って誕生するでしょう。そのうちもっとも運勢の劣る子は、太政大臣になって人臣の最高の位を極めましょう」
と占ったことが、一つ一つ的中するようだった。大体、光源氏が最高の位にのぼり、天下の政治をとるだろうということは、あれほど優れた大勢の相人たちが口をそろえて言ったことだった。それをここ数年は、世間を憚って、全て心の中で打ち消し、あきらめていたのに、当代の帝が、こうして予言の通りに無事即位したことを、光源氏は何よりも思いが叶って喜ばしく思うのだった。
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