明石 その三十九

 当の明石の君の気持ちは、たとえようもなく悲しくて、こんな嘆きの様子を人に見えられまいとして、心を静めようとするのだが、もともとが不幸せな身の上の、運のつたなさが原因なのだから、どうしようもないことだった。光源氏にうち捨てられる恨めしさは晴らしようもないのに、まだ光源氏の面影がいつも目先にちらついて忘れようもないので、ただもう、ひたすら涙に沈んでいるくらいが、精一杯なのだった。


 母もどう慰めようもなく、困り果てて、



「いったいどうして、こんな気苦労の種になることを思いついたものやら。それもこれも、みんな、偏屈な夫の言いなりになっていたわたしの失敗でした」



 と言った。入道は、



「ああ、やかましい、黙りなさい。光源氏様がお見捨ててになろうとしてもなれない事情もおありなのだから、そうは言っても、娘のお腹の子については、きっとお考えくださっていることだろう。まあ気を楽にして、薬などでも飲みなさい。全く縁起でもない」



 と言ってみるものの、部屋の隅のほうに引っ込んで、ものにもたれてしょんぼり座った。乳母や母などが口を合わせて、入道の偏屈ぶりをそしりながら、



「何とかして一日も早く、あの子を思い通りの身の上にしてさし上げようと、長い年月、それをあてにして過ごしてきて、今ようやく思いが叶うかと頼もしげに思っていたのに、結婚のはじめから何という可哀想な目に遇うことでしょう」



 と嘆くのを見るのも、入道は辛くてたまらない。ますます頭が呆けてきて、昼は日がな一日、寝てばかり暮らし、夜はしゃんと起き上がって、



「数珠がどこにいったか、わからない」



 と手をすり合わせて、空を仰いでいるのだった。


 そんな様子を弟子たちに馬鹿にされて、一念発起し、月夜に庭に出て行道したところが遣水に転げ落ちるという始末なのだった。風流な岩の突き出た角に、腰などぶつけて怪我をして寝転んでしまった。そうなってやっと腰の痛みに少し悲しみが紛れるのだった。

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