明石 その二十一

 入道は願いがどうにか叶えられたという気がして、爽快な気分になっていたが、翌日の昼頃、光源氏は岡の家の明石の君のもとに手紙をやった。明石の君はどうやら気が引けるほどの教養があるらしいが、かえってこんな人知れぬ田舎などに、思いのほかいい女がかくれているのかもしれないと、気をつかい、高麗の産の胡桃色の紙に、とりわけ念を入れて、




 をちこちも知らぬ雲居にながめわび

 かすめし宿の梢をぞとふ




「お慕いする心が、こらえられなくなりまして」



 とでも書かれていたのだろうか。


 入道も人知れず光源氏の手紙を持ち、岡の家に来ていたところ、思ったとおりになったので、使いには、相手がびっくりするほど酒を振る舞って酔わせた。明石の君の返事はなかなか手間取って書けなかった。入道が部屋に入ってせき立てるが、明石の君は一向に言うことを聞かなかった。


 何とも言えないほど素晴らしい光源氏の手紙に対して、返事を書くのも気後れがして恥ずかしく、光源氏の身分と自分の身の程を比べると、比較にもならないその隔たりに恥じて、気分が悪くなったと言って、物にもたれて横になってしまった。そんな娘を説得しきれず困りきって、入道が代筆した。



「まことに畏れ多いお手紙をいただきましたが、御厚意のもったいなさが、田舎者の娘には身に余るのでございましょうか、ただもうあまりの有り難さに手紙を拝見させていただくことさえできないほど恐縮しきっておりまして。とは申しましても、実は、




 眺めらむ同じ雲居をながむるは

 思ひもおなじ思ひなるらむ




 と、わたくしは察しております。まことに色めいた申しようで恐縮でございます」



 と返事をした。

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