明石 その十九

 夜がすっかり更けてゆくにつれて、浜風が涼しくなり、月も西のほうに傾くにつれて、いよいよ光が澄みまさり、しっとりと静けさに包まれた頃、入道は光源氏に心のありたけを話した。


 この明石の浦に住みはじめた当時の心づもりや、後世の極楽往生を願うための仏道修行のいきさつなど、次々、少しずつ話し、明石の君の様子を聞かれもしないのに、自分から話すのだった。


 光源氏は勝手に問わず語りする老人を、おかしく思いながらも、さすがに不憫になる節々もあった。入道は、



「まこと申し上げにくいことながら、あなたさまが、こうして思いがけない辺鄙な土地にかりそめにせよお移りになったのは、もしや長年、この老法師が祈っていた神仏が、私の志を不憫と思って、ほんのしばらくの間、光源氏様に心労をおかけしているのではないかと思います。そのわけは、住吉の明神を頼りもうしあげるようになりまして、今年ではや十八年になります。娘がごく幼少だった頃から心願がございまして、毎年春と秋ごとに、必ず住吉明神に参詣してお願いするようにしております。一昼夜六回の勤行にも、自分が極楽の蓮の上に座る願いはさておいて、ただ娘を高貴なお方に縁付けたいという私の本願を、どうか叶えてくださいませ、とひたすら祈っていました。前世の因縁が拙いばかりに、私はこうして情けない田舎者の身に落ちぶれたのでしょうが、私の親は大臣の位を保っていました。私は自分からこのように田舎の人間になってしまったのでございます。子孫のものが次々に、このように落ちぶれる一方では、末はどんな身の上に成り下がっていることやら、と情けなく思います。せめて娘だけは生まれたときから頼もしく思いえるところがございましたので、何とかして都の貴い身分の方にさし上げたいと深く決心しておりました。私のように身分の低いものでも、低いなりに多くの人々の妬みを受けまして、私自身にとりましてもずいぶん辛い目を見る場合もございました。それは少しも苦しいとは思いません。私の命のあります限りは、及ばずながら、親として育ててまいりましょう。しかしこのままで、私が娘を残して先立ちましたなら、海に身を投げてでもいいから死んでしまえ、と申し付けてあるのでございます」



 など、それはもう、そのままここに話すのも憚れるような、奇妙な話を泣く泣く言うのだった。

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