須磨 その三十
須磨ではひとしお物思いをそそる秋風が吹きそめ、海は少し遠いけれど、行平の中納言が〈関吹き越ゆる〉と詠んだ、須磨の浦波の音が、たしかに夜毎夜毎、いかにもその歌の通りにすぐま近に聞こえてきて、またとなく哀れなのは、こういうところの秋なのだった。
側にもすっかり人が少なくなり、誰もみな寝静まったのに、光源氏はひとり目覚め、枕から頭を起こして、四方に吹き荒れる風の声を聞いていた。波がついこの枕元まで打ち寄せてくるような心地がして、涙がいつ落ちたとも覚えのないまま、もう枕も浮くばかりに涙に濡れているのだった。
琴を少しかき鳴らしてみると、我ながらいかにも、物寂しく聞こえるので、弾きやめ、
恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は
思ふかたより風や吹くらむ
と詠う声に、人々が目を覚まして、何と見事なと感じ入るにつけても、悲しさをこらえきれなくなった。ただ何となしに一人、また一人と起きだしては、そっと鼻をかんでいる。
「本当にこのものたちは、どんな思いでいることだろう。私一人のために、親、兄弟など、片時も離れにくい人々や、それぞれの身分に応じて大切に思っていたに違いない家を捨てて、こうしてこんなところまで私と一緒に流浪してくれている」
と考えると、とても不憫でたまらなく、頼りにしている自分がこんなふうに思い沈んでいては、なおさら心細がることだろう、と思ったので、昼間は何とか冗談を言っては淋しさを紛らわせ、退屈しのぎに、様々な色の紙を継ぎ合わせて、和歌を書きすさんだりしている。また織り方の珍しい生地の唐の綾などに、様々な絵などを慰みに描き、それを貼りまぜた屏風の表などは、とても結構で、見所のあるものだった。
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