須磨 その九
紫の上の父親は、もともと疎遠だった上、ましてこの節は、世間の噂を気にし、便りも送らず、見舞いさえ来なかった。紫の上はそうした父親の態度が、女房たちの手前も恥ずかしくて、かえって父親に、ここにいることを知られないままでいたほうがよかったのに、と思った。継母の北の方などが、
「降って湧いた幸運の、何とまあ短いこと。縁起でもないわね。可愛がってくださる方には、次から次へ別れる運命の人なのね」
と言っていたのを、あることろから洩れ聞いた。
紫の上はつくづく情けなくなり、それ以来、こちらからもふっつりと便りを送らなくなった。光源氏のほかに頼りにする人もなくて、ほんとうに気の毒な身の上なのだ。
「もし、いつまでも赦免がなくて年月が経つようなら、どんな粗末な岩屋の中にでもあなたをきっとお迎えしよう。しかしさしあたって今すぐそんなことをしたら、さぞかし世間の聞こえが悪いことでしょう。朝廷からお咎めをこうむった謹慎の身は、明るい陽の光や月の光さえ見えないようにして蟄居するのが当然で、気楽に自由な行動をすることは、非常に罪の重いことだそうです。私は何も悪いことをしていないのに、前世からの因縁で、こんなことになってしまったのだろうと思う。まして配流の地に、愛する人を連れて行くのは前例のないことですし、世の中がただもう一途に狂ったようになり、道理の通らないこの頃の有様では、そんなことをすれば、今よりもっとひどい災厄が、ふりかかってくるかもしれないのですよ」
などと言い聞かせるのだった。
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