須磨 その八
二条の院に帰ると、光源氏のお部屋づきの女房たちも、一睡もしなかったと見え、あちらこちらに寄り集まっており、思いもかけない世の変わりように、ただ呆れ悲しんで、呆然としている様子だった。
家来たちの詰め所には、日頃親しく光源氏に仕えてきたものたちが、どこまでもお供していく心づもりでいて、それぞれ家族や恋人たちに別れを惜しみに行っているのか、人影もなかった。
そのほかのあまり縁故のない人たちは、この邸にお見舞いにくるだけでも、重い咎を受け、面倒なことが多くなるので、これまではいつもところ狭しとばかりこの邸に集まっていた馬や車の形跡もなく、森閑とものさびれている。
光源氏は、今更のように、世間はこうも浅ましいものだったのか、とつくづく思い知らされるのだった。
台盤なども、使われる機会も少ないので一部は埃が積もり、薄縁はところどころ裏返して片づけてあった。
「自分がいる間でさえこんな有様なのだから、自分が都を離れてしまった後では、この邸もどんなに荒れ果てていくことか」
と思った。
西の対に渡ると、紫の上が、格子も下ろさないまま物思いに沈み、夜を明かしていたので、幼い女童たちは、縁側のあちこちにうたた寝していた。
光源氏が来たので、慌てて起きだしてうろたえていた。その女童たちが宿直姿のまま、可愛らしい様子でいるのを見るにつけても、自分がいなくなったあと、心細く長い年月を過ごせば、こういう人たちも、辛抱しきれなくなって、散り散りに去ってしまうことだろう、などといつもならほとんど気にしないことまで、目にとまるのだった。
「昨夜は、これこれのわけで、夜も更けてしまったのであちらに泊まりました。また、いつものように心外な外泊をした、と気をまわされたのでしょう。こうして都にいる間だけでもそばを離れず一緒にいたいと思うのに、こんなふうに世間を離れるような場合には、何かと気がかりなことが多くなって、そうそう家に引きこもってばかりもいられないのですよ。この無常の世の中に、人から薄情ものと、嫌われてしまうのも、残念ですしね」
と言うと、紫の上は、
「こんな悲しい目にあうよりほかに、心外なことなんて、どんなことがあるのでしょう」
とだけ言い、とても悲しそうに思いつめている様子が、とりわけ痛々しいのも、光源氏は無理もないと見るのだった。
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