賢木 その四十二
朧月夜はほとほと困って、帳台からそっとにじり出ていた。
その顔がとても赤くなっているのを、まだ気分が悪いのか、と右大臣は思い、
「どうして顔色がいつものようではなく、そんなに赤いのでしょう。物の怪などが憑いていると厄介だから、修法を続けるべきでしたね」
と言いながら、ふと、目をやると薄二藍の男帯が、朧月夜の召物の裾にまつわって、帳台から引き出されているではないか。これは怪しいと思ったうえに、畳紙に何か手習いを書きつけたものが几帳の下に落ちているのを見つけた。これはいったいどうしたわけか、と心も動転し、
「それは誰のものです。見慣れない怪しいものですね。こちらへお渡しなさい。それを見て、誰のものか調べてやろう」
と言うので、朧月夜も、はっと振り返って、自分も畳紙を見つけた。もう、どう取り繕いようもないことなので、何と答えることができるだろうか。度を失って茫然としているのを、わが子ながら、さぞ恥ずかしくて身の置き場がないように思いだろう、と察して遠慮するのが、右大臣ほどの立場の人なら当然のことだろう。ところが、日ごろとても短気で寛大なところがない大臣なので、前後の分別もなく、畳紙をわしづかみするなり、帳台の中をいきなり覗き込んでしまった。
中には何とも言えず色っぽい様子で、臆面もなく横になっている男がいた。今になって、男はそっと顔を押し隠して、何とか身を隠そうと取り繕う。右大臣はあまりのことに呆れ果てて、腹も立つし、いまいましくてやりきれないものの、面と向かっては、どうしてそれが光源氏だと暴き立てれるだろうか。目の前も真っ暗になる気持ちがして、この畳紙を手に掴んだまま、寝殿に引き上げていった。
朧月夜は、正気も失ったような気持ちで、死ぬほどの思いでいる。光源氏も、そんな朧月夜が可哀想でならず、とうとう軽率な振る舞いが重なって、世間の非難を浴びることになったかと思いながら、朧月夜のいたいたしそうな様子を、しきりに何とか慰めてあげるのだった。
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