賢木 その四十一

 その頃、朧月夜は、宮中から里に退出していた。体調が悪く、長く悩んでいたので、まじないなどを里で気楽にするつもりだった。加持祈祷をはじめて、快方に向かったので、右大臣家では誰もがほっとし、喜んでいる折から、例によって、これは滅多にない機会だから、と光源氏と二人、示し合わせて、無理な算段をつけ、夜毎に忍び会っていた。


 朧月夜は今まさに盛りの年頃で、もともと豊満で華やかな感じな人なのに、少し病にやつれて、ほっそりとした様子が何とも言えず男心をそそる風情があった。


 弘徽殿の女御も、同じ右大臣邸に里帰りしているときだったので、密会が見つかればとても恐ろしいはずなのだが、光源氏はこのような無理な逢瀬ほど、かえって情熱がつのる困った心癖なのだった。こっそりと忍んで度々逢瀬を重ねていたので、それを悟った女房たちもあるようだが、面倒に関わりたくないので、誰も弘徽殿の女御にはこのことを内密にしていた。右大臣は尚更、夢にも思わないことだった。


 そんなある夜、雨がにわかに恐ろしい勢いで降り続け、雷も激しく鳴り騒いだ夜明け方、右大臣の子息たちや、宮司たちなどが立ち騒いで右往左往するので、人目も多く、女房たちは怖じ恐れてあわてふためき、朧月夜の側に集まってきた。


 光源氏は朧月夜の帳台の中に閉じこもったまま、帰る方法もないまま、とても困り果てているうち、すっかり夜が明けてしまった。帳台のまわりにも、女房たちが大勢詰め掛けているので、光源氏は本当に胸もつぶれそうな思いがした。


 事情を知っている女房が二人いて、これもただオロオロとするばかりだ。


 そのうち、ようやく雷がやみ、雨もおさまってきた頃、右大臣がこちらにやってきた。まず、弘徽殿の女御の部屋にお見舞いに来たのを、にわか雨に紛れて朧月夜は気づかなかった。右大臣は無造作にすっと朧月夜の部屋に入って、御簾を引き上げるなり、



「いかがでしたか。なにしろすさまじい昨夜の天気に、どうしていらっしゃるかと案じていたのですが、お見舞いもうかがえなかった。中将の君や宮の亮などは側にいましたか」



 などと言う様子が、早口で落ち着きがないのを、光源氏は、こんな密会の慌しさの中にも、左大臣の態度とふと比較して、ひどい違いだと思わず苦笑した。本当に、部屋にすっかり入ってから言えばいいのに。

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