賢木 その十二

 年も改まったが、諒闇中なので、世間では華やかなこともなく、いたって静かだった。光源氏はまして心が塞いで、二条の院に引きこもっている。地方官任命の除目の頃などは、亡き桐壷院の在位中は言うまでもなく、退位のあとも、光源氏の威勢は変わることがなく、それにすがろうと、毎年いつも、邸の門の前に隙間なく群がり立ち並んでいた馬や車が、今年はまばらになっていた。詰め所に寝具の袋を運び込む宿直のものの姿も、ほとんど見えない。親しい家司たちだけが、暇そうにぶらぶらしているのを見るにつけても、これからは万事、こんなふうになっていくのだろう、と自然に思いやられ、味気もなくもの淋しい気持ちになるのだった。


 あの朧月夜は、二月に尚侍になっていた。桐壷院の喪に服して、そのまま尼になった前尚侍の後任だった。


 朧月夜は、いかにも高貴な姫君らしくふるまい、人柄も上品でいるので、たくさん仕えている女御や更衣の中でも、帝の寵愛が格別で、すぐれてときめいていた。


 弘徽殿の女御は里にばかりいた。宮中に来るときは梅壺の御局を使うので、弘徽殿の御所には、朧月夜を住まわせた。それまで住んでいた登花殿が奥まったところで陰気だったのにひきかえ、弘徽殿は晴れ晴れしくなり、女房なども数知れないほど集まってきた。華やかで陽気に暮らしているが、朧月夜の気持ちは思いがけなかった光源氏のことが忘れられなくて、悲しんでいるのだった。今でもごくひそかにこっそりと、手紙を通わしているのは相変わらずだった。


 光源氏はもしこれが世間の噂にでもなったらどうなることかと思いながらも、いつもの癖で、帝の寵愛の方となった今、かえって恋心がつのるようなのだった。弘徽殿の女御は亡き桐壷院の在世中こそ遠慮していたが、もともと烈しい気性なので、今まで根に持って思いつめていたあれこれの復讐を、今こそしようと目論んでいるに違いなかった。何かにつけてどうしていいか苦しむようなことばかりおきるので、光源氏は、こうなるだろうと覚悟していたけれども、経験したことのない憂き世の辛さに、周囲の人々と付き合う気持ちまでなくなっていくのだった。

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