賢木 その八

 斎宮が大極殿から退出するのを待とうと、八省院の前に立て並べたお供の女房車から、こぼれ出ている衣裳の袖口の色合いも、目新しく趣向をこらし、奥ゆかしい風情だった。殿上人たちの中には、なじみの女房とそれぞれの別れを惜しむものも少なくない。暗くなってからいよいよ出発になった。


 二条大路から洞院の大路へ曲がるころには、ちょうど光源氏の二条の院の前なので、光源氏もたまらなく悲しくなり、




 ふりすてて今日は行くとも鈴鹿川

 八十瀬の波に袖はぬれじや




 と榊にさした手紙をさし上げたが、すっかり暗くなっていて慌しい折なので、明くる日、逢坂の関から返事があった。




 鈴鹿川八十瀬の波にぬれぬれず

 伊勢まで誰か思ひおこせむ




 淡々と書いてあったが、筆跡はいかにも優雅で味わいがあるのに、歌にはもう少ししんみりとしたあわれな情趣が加わっていたら、と光源氏は思った。霧が深く立ち込めて、いつもより心にしみる朝ぼらけを眺めながら、独り言を言う。




 行くかたをながめむもやらむこの秋は

 逢坂山を霧な隔てそ




 その日は西の対にも渡らないで、我が心から起こったこととはいえ、いかにもうら淋しそうに、物思いに沈んで暮らした。まして旅の空の六条御息所は、どんなに心のやるせなく掻き乱れたことだろうか。

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