葵 その九
その日は二条の院に、光源氏は一人で帰り、祭見物に出かける。
惟光に車の用意をさせ、紫の上に仕えている女童たちを、わざと大人扱いして、
「女房たちも出かけますか」
など冗談をいって、紫の上が可愛らしく着飾っているのを、微笑みながら見ていた。
「さあ、いらっしゃい。一緒に見物しましょう」
と紫の上の髪がいつもより清らかに見えるのを撫で、
「長いこと髪を切らないようだけど、今日は髪を切ってもいい吉日だったかな」
と暦の博士を呼び、髪を切るのに縁起のよい時刻を調べさせている間に、
「まず女房たちがお出かけになりなさい」
と言って、女童たちが綺麗に着飾っているのを見ていた。どの子もとても可愛らしく髪の裾をはなやかに切りそろえて、袴にその髪がかかっているのが、くっきりと鮮やかに見える。
「あなたの髪は私が切りそろえてあげましょう」
と光源氏は紫の上の髪を切り始めた。
「これは、うっとおしいほど多い髪だ。今にどれほど長くなることやら」
と切りあぐねている。
「どんなに髪の多い人でも、額の生え際の髪は、いくらか短いものなのに、あなたのようにまったく後れ毛がないというのも、あまり風情がなさすぎはしないかな」
と言いながら、それでもすっかり切りそろえて、「千尋」と祝い言葉を言うのを、乳母の少納言は、しみじみありがたいことだ、と嬉しく見ていた。
はかりなき千尋の底の海松房の
おひゆく末は我のみぞ見む
と光源氏がお祝いの歌を言うと、
千尋ともいかでか知らむ定めなく
満ち干る潮ののどけからぬに
と紙に書き付けている紫の上の様子は、いかにも歌は才気走って上手そうに見えるものの、本人はまだ子供らしく可愛らしいのを、光源氏は末楽しみなことだ、と思うのだった。
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