葵 その八

 祭りの当日は、左大臣家では見物をしなかった。あの車の場所争いの一件を、逐一耳に入れたものもあったので、光源氏は六条御息所に対してほんとうに気の毒で、葵の上には情けないことをしてくれた、と思った。



「葵の上は重々しく落ち着いているが、惜しいことに、やはり何分にも情に薄く、そっけないところがおありなので、自分では、それほどひどいことをするつもりもなかったのだろう。大体こういう間柄の女同士は、お互いにやさしい思いやりを交し合うべきなのに、葵の上はそこまで気づかない。その気質を見習って、次々と下々の家来までが、不心得にあんな狼藉を働いてしまったのだろう。六条御息所はお心遣いが奥ゆかしく、こちらが恥ずかしいほど嗜み深い人柄なのに、そんなひどい屈辱を受けられて、どんなに惨めな情けない思いに沈んでいることか」



 と気の毒でたまらず、六条御息所の邸宅を訪ねた。


 そこにはまだ若い斎宮がいて、邸宅の四方に木綿をつけた榊が立ててあったので、その榊に対して憚りがあるというのを口実に、六条御息所は心安くは逢おうとはしなかった。光源氏は、無理もない、とは思うものの、



「どうしてこうもよそよそしくなさるのだろう。もっとお互い角が立たないようにしてもいいだろうに」



 と呟くのだった。

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